黒澤明のこと

僕が30才の頃ゴルフを始める。うまくなりたい一心で練習場通いをする。当時住んでいった場所が世田谷成城学園界隈。成城台地下の野川沿いに成城グリーンプラザという250ヤードのほどの立派な練習場だ。場所柄少々お高いが平日午前中2Fは1000円で打ち放題であった。
そこに週一回の割合で黒沢監督が練習に来ていた。気さくに握手等してくれた。お会いするたびに挨拶を交わした思い出がある。

黒澤というひとは映像のプランニングと同時に、音楽のプランニングも80%ぐらいは自分で考えてしまう人だったらしい。
作品にとりかかると今度はこの音楽でいくと決め、その音楽をかけながらコンテ、演出プランをかためていく。もちろんかれは作曲家ではないので既成のレコードなりCDなりを選曲して編集したフィルムにその音楽をサイズもピッタシあわせダビングしたものを用意して”音楽打ち合わせ”に臨むのである。
そもそも音楽というものは非常に抽象的で、映画に限らずイメージを的確に伝えるのはむずかしい。
よってこの黒澤方式は監督の意図している世界観、イメージを最大限伝えるには有効なやり方である。がその反面それを見せられ、聞かされる作曲家にとってはものすごい努力をしいられることもある。
なぜなら、その映像につけられた音楽は気分で適当につけられたものではなく、映画の世界観を提示するために綿密に選ばれており、ラベル、ドヴォルザーク、ベートーベン、ブラームス、シベリウス、マーラーといった大作曲家達と対峙させられるからである。
元々、抽象的であるはずの音楽が黒澤方式で提示された時の複雑な感情ーオリジナルな音楽を創造しようとする作曲家が、過去の大作曲家のテーマを自分はなぞるしかなく、自分はほんとうに作曲家なのか、と自問自答する危険性を孕んでいる。
黒澤作品における音楽はそういった作曲家達の悪戦苦闘の結晶でできあがっているのである。

羅生門 (作曲 早坂文雄) 黒澤アイデア ラベル ”ボレロ”
七人の侍 (作曲 早坂文雄) 黒澤アイデア ドヴォルザーク 交響曲”新世界 第4楽章”
赤ひげ (作曲 佐藤勝) 黒澤アイデア ベートーヴェン”喜びの歌”&ブラームス”交響曲第1番 第4楽章”
デルス・ウザーラ (作曲 イサク・シュワルツ)黒澤アイデア シベリウス 交響詩”フィンランディア”
乱 (作曲 武満徹) 黒澤アイデア マーラー 大地の歌 第6楽章”告別”

といった作品を聴いたあとで観ることをお勧めする。

追記 
用心棒 (作曲 佐藤勝)の音楽は唯一、黒澤アイデアが感じられない優れたオリジナルな音楽である。特にテーマ曲における、ズンダンダンダン、ズンダンダンダン、ズンダンダンダンという野太いリズムと”ダフダフ”なオーケストレーション(ヴィオラでチェロの音域を鳴らしたり、トランペットをトロンボーンよりも低い音域で鳴らしたりしている)の合体はすばらしい。ブラック・ユーモア的な残酷な話しにはダフダフな音色が必要とした佐藤勝氏のアイデアが映画全体の世界観を提示している。